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Twitter は便所の落書きか - あるいはメディアの暗さについて

2010年01月13日

たまに,「Twitter は便所の落書き」みたいな話を聞くことがあるんだけれども,これどうなんだろう。

「便所の落書き」が意味するところは,「匿名による書き込み」という側面と,「情報価値が低い」という側面があるのだと思います。そうしてみると,前者は当たらないけれど,後者は当たっているとも思える。流行ってるったって,大したことつぶやいてないし。また,大したことを言えるような媒体でもない。

不思議だと思うのは,なんつか,同じ便所の落書きでも Twitter には 2ch のような暗さを感じないこと。むしろ,すごくオサレに見える。仮に,Twitter で出会い系やら援助交際まがいの商売をしても,すごくオサレな出会いに見えるんじゃないだろうか。これなんでなんだろう。プロモが成功したからだろうか。それとも,ガイコク産のメディアだからだろうか。

個人的に,ネットにはある程度の「暗さ」が必要なんじゃないかと思っていたりします。比喩的な表現になってしまうんだけれども,言ってみれば,直視するのがはばかられるようなモノを扱っているということ。直接的に言っちゃえば,アングラ的・サブカル的な要素が必要だと言うことです。こゆもんをとりたてて持ち上げる必要もないんだけれども,明るいところにはキレイゴトしか現れないというのも事実だと思うもんで。

以前,漫画家の浦沢直樹氏が,「マンガはサブカルであるべき」みたいなことを言っていた覚えがあります。たしか,アニメの殿堂の話だったと思う。で,それは,マンガという媒体が他の「明るい」メディアに対するアンチまたはサブとして機能してきた実績を強調したものと理解していたりします。お上の殿堂に祭り上げられたマンガは,マンガという媒体における本質的な機能を失ってしまうとか云々。勝手に解釈すると,そこで同氏は,マンガという媒体にある程度の「暗さ」を求めていたんじゃないかと思います。無理矢理結びつけると,それと同じこと。

Twitter のような,参加しやすくて明るいメディアが普及するということは,おそらくネットそのものが普及したことを象徴しているんだと思います。そこにはキレイゴトが必要なのだと思う。一方で,本来(かつて)暗さを持っていた内容(出会い系云々)すら,明るく演出してしまうところもあるわけで,なんつか微妙な感じ。

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