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尾高・宮沢論争をちと追ってみたくなった

2010年04月20日

ちと,つらつらと憲法の本を読んでいたところ,尾高・宮沢論争について紹介していたので,追ってみたくなりました。軽くまとめておく。

尾高朝雄は当時東大の法哲学の教授で,宮沢俊義は同じく当時東大の憲法学の教授でした。何について喧嘩していたのかというと,主権論について。当時は,天皇制を国民主権との関係でどのように位置づけるか,さらに根本的には,大日本帝国憲法から日本国憲法に移行したことが国体の変更を意味するのか,といったお題が憲法学上問題になっていたのでした。

尾高によると,民主主義は人類普遍の原理であるけれども,国民を最高の政治権力と位置づけるののは「力は法なり」を認めることになりはしないか,と疑問を呈します。つまり,主権はどんな法でも制定できる政治権力であるところ,いくら国民の意思であっても超えてはいけない法の理念(ノモス)があるという。そして,国民といえどもこのノモスに従うとするならば,主権は国民にあるのではなくノモスにある,とか云々。これを「ノモスの主権論」とか言ったりします。

一方,宮沢は尾高を批判してこう言います。

主権というのは,政治的な決定を最終的に行う権力であって,具体的な人格を持った主体でなくてはならない。ノモスのような抽象的な概念を主権の主体に据える見解は,国家主権説(美濃部の国家法人説を参照)のようなものもあるが,こうした見解は,主権の所在に関する問題について,結論を先延ばしにすることしかしない。その意味で言うと,主権は人格のある君主と人格のある国民(人民)のどちらにあるのか,というのが問題なのであって,ノモスにあるという見解は不適当である。新憲法に移行して君主主権から国民主権に変革した(国体は変更された)のだ,とか云々。

現在では,宮沢的な理解がそれなりに支持を得ていると思うんですけれど,あたしが興味があるのは,その理論的な当否ではなく,主権にまつわる両者の態度がどこから生まれたのか,という点です。というのも,宮沢にいわゆる具体的な政治権力としての主権と,尾高にいわゆる理論的限界としての主権というのは,同じようでありながら微妙にニュアンスが異なると思うから。もしかしたら,両者の見解は両立するんじゃないだろうか。

国体論争の渦中にあったから見えにくかったのかもしれないけれども,主権に関する基本的な態度を通じて,この論争は「法」なるものを,理論的(理念的)な存在形式と実力的(実践的)な存在形式の両面から挟み込んでいるようにみえるわけです。仮にそうであるならば,挟み込んだ先において,両者は両立しそうな感じがする。

気のせいか?実際に論文を読んでみなくちゃ分かりませんね。昔みたいに大学の図書館には入れないから,近くの図書館でもあたってみます。それにしてもしょぼいんだよな,近くの図書館。

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