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公訴時効の遡及的廃止と遡及処罰禁止の関係とか

2010年05月04日

少し前の話だけれども,殺人罪をはじめとした凶悪事件の公訴時効が撤廃されることになりました。メディアでは「殺人罪の時効廃止」とか,分かりやすい形で表現されているんだけれども,理屈としてはちと複雑な事情があったりします。

公訴時効制度を一部変更することについては,政策的な意思決定としてアリなわけですけれど,これを遡及的に(過去の事件に遡って)適用するかについては,遡及処罰禁止原則(日本国憲法39条)との関係で,若干問題があります。遡及処罰禁止原則というのは,いわゆる罪刑法定主義との兼ね合いで説明されます。制度趣旨というか思想の趣旨については,長くなるので割愛。ともあれ,あたしゃ当初,遡及的に時効を廃止することはないだろうと踏んでいたので,ちとびっくりしました。

法務省の見解としては,遡及処罰禁止原則は,あくまでも実体法(刑法とか)における刑罰権の存否を問題にしていることから,手続規定(刑事訴訟法とか)における公訴権の時効について,日本国憲法39条が(少なくとも)直接適用されることはない。だから,遡及的廃止もオッケー,という理屈みたい。

もっとも,これには微妙なところがあって,公訴時効の効果を実体的な刑罰権の消滅と同視する見解(実体法説)からすると,公訴時効の完成が単純な手続法上の効果にとどまらないところがあったりします。つまり,公訴時効の完成と一緒に刑罰権も消滅していることになるわけで,実体法上の縛りである遡及処罰禁止原則にひっかかる可能性が出てくるというわけ。

ま,これは,実体法説を採らなきゃいいだけの話なので,公訴時効完成の効果は手続的効果にとどまるんだよー……とか言っておけばいいんだと思います。

ただこの話,個人的には,実体法上の効果と手続法上の効果をきれいに分けて正当化するのは,法理論のための法理論のようであまり気持ちのいいもんじゃないと思っています。

こうした峻別をきれいに行うのは,実体法出身の方が得意なんでしょうけれど,あたしみたいな手続法出身の人には,どうしても違和感が残ってしまう。つまるところですね,国家が刑罰権を援用して刑罰を執行するには,実体的な条件はもちろん手続的/事実的な条件も必要なわけで(ここにいう条件は,法律要件に限らず事実上の条件も含む),その総体でもって刑事司法制度が運用・実施されてきたという点を重視してしまうんです。刑罰権との関係で,こうした事実上の運用をどう評価するのか。ある程度,まとめというか総括というか再確認というか,そういうものが必要なんじゃないかとは思います。

裏を返すと,こういう話だとも言える。

実体法の理屈としては,一度規範に違反した行為が行われた以上,その評価は(実体法そのものの改正でもない限り)未来永劫続くわけだけれども,「罪の評価が『未来永劫続く』のはなぜなのか」とか「行為当時における評価が現在も同じものとして同一性を保持するのはなぜなのか」という問いについては,「そうなってるから」と答えるしかないところがあります(とある見解の中には,可罰的違法性の理論で実体的にも時間経過を加味しようという考えもあるみたいだけれども,ま,それは少数説なので……)。

しかし,現実において,刑事事件の記憶は,いい意味でも悪い意味でも「風化する」。こうした実感を法律において裏側から支えてきたのは,手続法である公訴時効制度だったとも言えるんじゃないだろうか。そうだとするなら,この制度によって実体法における上のような問いは,「実質的に」隠蔽されてきたと言えるのだと思います。今回「公訴時効制度と実体法上の評価は別物です」と宣言してしまった以上,上の問いは,改めて取り上げなくてはいけない問題になったようにも思います。

遡及処罰禁止原則との兼ね合いで「スジを通す」という点で言うと,今回の改正は問題ないんだとは思います。しかし,踏み込んじゃいけないところに踏み込んじゃった感じはする。刑事事件に対する根本的な考え方が変わってしまったような,ま,そんな感じ。

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