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生活様式の「提案」から「押し付け」へ

2010年05月11日

いや,どうでもいいんだけれども,iPhone の CM で赤ちゃんが立った動画を同時通話で共有しよう,みたいなのありますよね。最後に「感動的だと思いませんか?」とか聞いてくるやつ。

あたしゃこれ,すごく「うげっ」と思うんだけれども……どうなんだろ。こんなもん,ちっとも感動的だと思わない。逆に反感も感じない。脳内フォルダの中では,「どうでもいい」に分類される生活様式です。もちろん,実際は CM のようなほのぼのな会話は成り立たないで,赤ちゃんをめぐる祖母的位置とか母的位置とか姑的位置とかが入り乱れるんだろうなってのもあります。しかし,そゆものを取っ払って,感動的な要素をできる限り残したとしても,「どうでもいい」ことには変わりない。

じゃ,「うげっ」と来るのは何に対してなのかというと,「どうでもいい」ものを「どうでもよくない」ものかのように,感動の文脈に乗せたがるその根性です。どうでもいいものはどうでもいいままにしておいてもらいたいのに,そうさせてくれないところ。

少し話は変わって,あたしゃ昔,ファミコンを買うより前にパソコン(PC-8801)を買ったんですけれど,当時の友人に「パソコンで何ができるの?」と聞かれたことがあったのでした。もちろん,「ファミコンの方が楽しいのに,バカだなお前」という文脈で。このとき,いくらパソコンでできることを説明しても無駄なんですね。つか,(少なくとも当時の)パソコンを使う楽しみは,人から教えてもらって同じように楽しむような類のものじゃないわけで。だから「汎用」計算機なわけで……。

なんつかあの CM,他人の生活様式に無理矢理感動スキームを注入してくるという意味で,まず「うげっ」と来るし,せっかく汎用の携帯端末なのにしょぼい使い道しか提案できていない意味でも「うげっ」ときます。

ま,こゆこと書くと,またあれこれ言われるんだろうけど。先にあやまっとこ,ごめんなさい。

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