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法哲学の問題から

2010年07月27日

引越しの準備をしていたら,学生の頃の学年末試験問題集(1998年度)が出てきたので,少し読んでいました。法哲学が面白かったのでメモ(体裁をHTMLで表現できるものに修正。誤字も修正しています)。

法哲学(亀本洋教授)

リバタリアズムの最もラディカルな形態である無政府資本主義に対しては、次のような疑問が寄せれられることがある。

  1. 国家あるいは政府がなくて――従って警察も裁判所もないのに――どうして秩序が保たれるのか。
  2. 安全は公共財だが、それは市場によって供給されないのではないか。
  3. なんの法体系も存在しない無政府状態では、権利や法という観念がそもそも存在しないのではないか。
  4. 無政府資本主義の社会では、国家による社会保障が存在しないことになるが、経済的競争の敗者や、この競争に参加する能力のない人、また、天災や人災の被害者はどうなるのか。

以上のような疑問・批判(他の批判を取り上げてよい)に無政府資本主義者はどう答えるであろうか。あえて、無政府資本主義者の立場に立って答えよ。

1, 2, 4 については,まぁ,想像できる批判なわけで,おそらく巷のリバタリアズム批判についても,この点を中心に論じられているんだと思います。対応する反批判もある。一方,個人的に面白いと思うのは,3 の批判について。これは,見た目以上に難儀な疑問だと思う。

この批判はつまるところ,都合のいいところだけ権利(とりわけ財産権)の保護を社会に求めていやしないかい?ということなんだと思う。無政府資本主義が,政府(ひいては権利や法)を否定することで権利の保護を導き出す考え方だとするならば,これは権利や法について明らかに異なる概念を措定していることになるし,そうじゃなかったら自己矛盾になってしまう。

リバタリアズムに限ったことではないけれども,ルールや原理を一般化するということは,自分にとって都合の悪いことを無視できなくなるということでもある。色々と批判されるロールズだけれども,彼の(消極的)効用はそゆところにあるんでねいかとも。

ま,ただちと思っただけ。

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