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Bloglines 終了雑感

2010年09月14日

あたしが使っていた Bloglines が2010年10月1日をもって終了するそうで,どうしたもんだろう……と,ゴニョゴニョ。とりあえず,別のフィードリーダに移行するしかないよなぁ……。

ともあれ,RSS が低調なのは分かるけれども,「Twitter をはじめとしたリアルタイムでコミュニカティブなメディアに,古い RSS リーダが駆逐されたのだ」とかいった上の記事のような話は,ちょっと違う気がしています。Twitter 上の情報のフローと RSS フィード上のフローはあくまでも異なると思うからです。

これは個人的な考えだけれども,ひとつ観察できることに,ネットが普及して,情報の提供側と受け手側の分化がより進んだという点が考えられます。インターネットの黎明期から普及期にかけては,情報の発信と受信は同じ人がしていました。自分が与える分だけ他人からももらうといったところ。ここら辺の作法を覚えている方はもう少ないかもしれない。

RSS もその一環で,フィードを受信する目的も,自分がモノを書くためのネタ収集といった目的が大きかったのだと思います。しかし,こうしたバランスはネットの普及によって大きく変わっていくことになる。

ひとつは,受信専門のユーザが圧倒的に増えたこと。「インターネットする」というよく分からない動詞は,ネット上の情報をブラウズすることを指していて,ここで書いているような記事を「作ること」ではない。ましてや,ソケットプログラミングなんかは,まったく含まれていません。一昔前は,自分でプログラミングすることも,インターネットを使うことに含まれていたんですけどね。

情報の提供側と受け手側が分化している点については,このサイトでも何度か話に出しているんですけれど,特に Twitter のようなメディアが出てからは,その傾向が顕著になった気がしています。Twitter ではまとまった情報を発信することができない代わりに,情報の断片を組み合わせてひとつの集合的な(誰のものとも言えないような)情報の塊を集積しています。何かをつぶやく人は,何か情報を発信しているかのように見えるけれども,文字通りの「つぶやき」で塊を構成する情報の中では,ほんのわずかな一部分を占めるだけで,ユーザのほとんどは受け手として振る舞います。で,一昔前の,参加者が少なかった頃は,そゆメディアはまず成立できなかったわけで,受け手になる以上は発信者にもならなくちゃいけない(あるいはなるべき)といった圧力が暗黙のうちにあったのでした。今は,自分が発信しなくてもネット上にはあふれるばかりの情報があります。飽和した情報の中で,受け手に徹するというのも,ひとつのしのぎ方なのかもしれません。

あたしゃそのことについてどうこう言うつもりはないので,ま,そゆ風になったのねと思っているだけ。最近の「インターネットする」は,メーカーがプリセットしたサイトをボタンひとつでボチボチやること,みたいな話にもなっているみたいだし,よく分かんないことになってるなー……というのが正直なところ。

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