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藤川桂介氏の公演とか人生の話とか

2010年10月23日

何がきっかけなのかは分からないけれども,中学生の頃,藤川桂介氏が学校に来て公演してくださったことを思い出しました。藤川氏が来るということは,美術部(もとい女子アニメ同好会; 男子部員3名)の部員にとっては大変なことで,サインをもらえるだろうか,とかいった話をしていた覚えがあります(結局,勇気がなくてもらいにいけなかった)。他の生徒はピンとこなかったかもしれませんが。

あたしは小学生から中学生にかけて「宇宙皇子」(うつのみこ)を読んでいたので,藤川氏はその作者という認識。女子部員にとっては,「新・エースをねらえ!」の脚本家とかいった認識だったと思います。とにかく,この方は多数のアニメ脚本を手がけていた方なので,その手の向きは必ず知っている人だったのした。

同氏が公演で話していたことは,いまだに覚えています。思い違いもあって正確性に欠けるかもしれないけれども,経験談も交えてこんなことを話していた覚えがあります。

将来自分が何になるかはともかくとして,身の回りの様々なことに興味を持つべきだ。そして,興味を持ったことには,全力で取り組むべきだ。

全力で取り組んだことは,将来,直接的あるいは間接的に必ず役に立つ。

同氏は経験談として,テニスに全力で取り組んでいたことを挙げていて,それが「新・エースをねらえ!」の脚本作りに役立ったと言っていた覚えがある。あと,「宇宙戦艦ヤマト」の脚本作りにもなんらかの経験が役立ったと言っていた気がします。ちょっと記憶に自信がないので,間違っているかもしれないけれども。

で,急に個人的な話になってしまうんだけれども,考えてもみると,あたしゃ同氏が言っていたことを地でやってた感じが最近しているんですね。同氏の公演がきっかけだったかは覚えていないんですけれど,今でも覚えているということは,何かしら影響されたのかもしれません。

同氏が言っていたことというのは,つまり,将来的なあれこれはさていおいて,当時興味を持っていたことを自分なりに頑張っていたとゆこと。コンピュータに興味が沸いたら PC8801 を仕入れてシコシコとプログラムを作ったし(これは現在直接役に立っている),ドラムが好きになったらドラムを叩いていました。学術関係も,面白そうだったら法学だろうと数学だろうと哲学だろうと首を突っ込んでみる。漫画も描いてみた。そこには,将来の進路どころか,「どっかで役立つかも」とかいった功利的な発想すらなかったりしました。

そんなもんで,結果論になってしまうけれども,個人的には,「人生」とかいった大局にについて悩むことがあまりなかった感じがします。むしろ,そんなにでかくて不確実性を伴ったもんを扱いつつ悩むことができる人は,掛け値なしにスゴイと思っていました(今でも思っている)。今の職業も,「天職」とかいった人生観を標榜するような職業としての実感はなくて,「よく分からないけれども結果としてその職にいる」とかいった感じだったりする。

そもそも,「人生」とゆのは,何を発端にして把握されるものなのだろう。他人が生まれて生きて死ぬところを見ることで自己に内面化していくものなのだろうか。もしそうだとするなら,これは自己同一性論にいわゆる客我(objective self-awareness)だとも言えそうです。あまり重視しなかったんだなー……客我。というか,「客我を認識する」とかいった,自己に対する二重の認識は普通できなくて,何かしらの訓練が必要なんじゃないかとすら思います。

あたしゃ「人生を認識しそれに対して計画を立てること」は,悪くないことだと思っています。自分に子供がいたら是非そうして欲しいし,達成感がもたらす快感も格別だと思います。しかしまぁ,あたしの場合,そゆことはできなかったんだよなー,と。反面,そんな按配でもまぁ,それなりに飄々と生きていくこともできたりするんだよな,とも。ま,結果論ばかりでまとまらないけれども,そんな感じ。

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