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優越感の元に醸成される「オタク文化」なんてロクなもんじゃない

2011年02月13日

あたしも長らくオタク的なアレコレに接してきたわけで,その視点から,このサイトでもさんざっぱら書いているんだけれども,ここ数年のオタクにまつわるクネクネな話は,もはやあたしの理解の範疇を超えていたりします。世代が違うんだろな,とか思うことにしてやり過ごしている。

クネクネな話というのは,オタクなるもんが自分以外の他人に向けて優越的な言論を発信するということ。例えば,「世界に広がるオタク」とか「日本が誇るマンガ文化」とかいったもの。個人的に,オタクってのは劣等感の上にしか成り立ち得ないものであって,上のような優越感の元に醸成されるオタクなんつもんはロクなもんじゃないと思っていたりします。

とゆわけで,次の話から。

もう「世界に広がるオタク文化」の幻想を見る時代は終わった。2月7日付の朝日新聞の別冊紙面「GLOBE」が「MANGA、宴のあとで」と題して、日本のマンガ・アニメが持て囃されているはずのフランスとアメリカで売り上げが伸び悩んでいる現状をレポートしている。

別段、批判するわけではないが『朝日新聞』が、多くのページを割いて、海外のマンガ・アニメの不況を記すということは、状況は更に先に(悪く)進んでいるということだ。日本のマンガ・アニメの未来を考えるならば、もう、夢を見ている暇はない。

朝日新聞までもが危惧し始めた「世界に広がるオタク文化」の幻想と危機的状況 - 日刊サイゾー

何をいまさら言ってるんだ,と。

自称オタクが,外に向けてオタクであることを優越的に語る態度は,傍から見ていて非常に見苦しい(あくまでも個人的な印象だが)。オタクとは違う何か別のものに取り憑かれているのではないか,とすら思います。例えば,ナショナリズムとかナショナリズムとか。以前,別のエントリで,宮崎事件をくぐった人とそうでない人とでは,「オタク的なもの」に対する態度がまったく異なる,と書いたことがあるけれども,結局後者はナショナリズムのような分かりやすい(幻想の)優越性と結託してしまうのだろうか。

そういえば,先日,会社の同僚が,「マンガのヘビーユーザ」について熱く語っていて辟易してしまいました。曰く,「マンガのヘビーユーザは一般の人間とは読み方が異なる」んだそうな。へぇー……(苦笑)。あたしからすると,某人は「ライトユーザ」もいいところなんですけれど(勝負するわけではないが),某人をしてこう言わしめるものはなんなんだろうか,と思ってしまいます。

ま,なんだかね……勝手にやってなさいな。参考までに,以前書いたエントリを紹介しておきます。

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