Entry

通勤電車の音楽は RADWIMPS 押し

2011年06月06日

一昨年の今頃買ったアルバム RADWIMPS の『アルトコロニーの定理』を聴きなおしているんですけれど(参照:qune: 昨日買ったアルバム - 『アルトコロニーの定理』),改めてこのバンドはすごいと思い直しました。もともと,テレビでちらっと演ってたのが良くて,その場で注文したアルバムなんですけれど,聴けば聴くほどいい。

アルトコロニーの定理
RADWIMPS
EMIミュージックジャパン (2009-03-11)
売り上げランキング: 1837

演奏力の高さとアレンジメントの確かさについては前掲エントリでも書いていて,さっきはじめて読んだ Wikipedia で,山口智史氏(Ds.) の好みが村上ポンタ秀一,武田祐介氏(b.)の好みがジャコパスとされていたのにも納得。どうりで自分好みなはずだ,と。

もうひとつ。詩がちゃんと考えられている……とゆか,内省を含んでいるところがいい。聴けば分かると思うんだけれども,一見簡素に見えるコトバのひとつひとつに内省が見えて,知性を感じるんですね。

詩でもなんでもそうなんですけれど,個人的に,知性を垣間見ることのできる優れた表現は,必ずといっていいほど内省を含んでいると思っています。知性的な表現は,難しい言い回しをたくさん使えばいいわけではない。「どうすれば表現できるのか」「どうすれば伝わるのか」といった大前提となる主題がまずもって表現の中心にあって,その目的(中心)に対して徹頭徹尾誠実であること。自分自身に問いかけ続けること(内省すること)。そうした姿勢でもって表現されたモノには,必ず他と異なる輝きがあります。

そうした詩は,どこかで聴いたようなコトバの断片をシャッフルしてコラージュしたような安っぽい詩にはならないし,自分でも分かってるのか分かってないのか分からないような難しいコトバを振り回す独りよがりな詩にもならない。

そういえば,少し話は変わるけれども,詩や小説とジョークは似ているところがあって,どちらも独りよがりになりやすい類の表現だったりします。巷のオヤジギャグがダメなのは,もちろん,独りよがりの自己満足で,他人からすると何が面白いのかさっぱり分からないからだったりする。独りよがりとゆのには,「内輪ウケ」とゆのも含まれます。

ときどき,つまらんギャグを聞かされて困った顔していると,「冗談だよおー」とかいった自己フォローがあったりもするんだけれど,これにはもっと困る。「冗談なのは分かる。それがつまらんから困っている。つか,自分で冗談と言うのになんの恥じらいもないのか?」とゆのをどう表現すればいいのか困る。

いや,この頃オヤジギャグにうんざりしてるもんで,ついでに持ち出してしまっただけ。ともかくも,オレ RADWIMPS ブーム到来とゆことで。

Trackback
Trackback URL:
Ads
About
Search This Site
Ads
Categories
Recent Entries
Log Archive
Syndicate This Site
Info.
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
Movable Type 3.36
Valid XHTML 1.1!
Valid CSS!
ブログタイムズ

© 2003-2012 AIAN