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大規模開発を経験していない人のC++本は読むだけ無駄

2011年12月02日

某所で C++ の解説本を企図しているみたいなんだけれども,なんだかなぁ,な感じ。おそらく,というか,ほぼ確実にあたしはこの人の書いた本を読むこともないし勧めることもないと思う。というのも,この人は大規模な開発を行っている形跡がないから。

日本の技術書全般に言えることで,ここでは何度も書いていることだけれども,日本の技術書は海外リソースの劣化コピーか実際の開発を経験していない人間が書いた,お教室やおままごとのような話ばかりだったりする。特に,C++ や Java,C# といった大規模開発を前提にした開発言語で,著者が大規模開発を経験していないという事実は,(ごく一部の例外除いて)それだけで著者としての資質に問題がある。

あたしゃ原書主義者でもないし,海外かぶれのつもりもありません。同程度でいい本があれば,日本語で技術書を読みたいと思っている。しかし,そんな本はほとんどない。

具体的に開発経験に基づく記述がどの点に表れるのか。例えば,次のようなところです。

  • 「経済性」や「効率性」といった言葉に全くリアリティがない。「効率が悪い」==「めんどくさい」と置き換えられる程度で,ソフトウェアの開発プロセス全般を俯瞰できていない。
  • 規格に対する言及は詳細に行われているが(規格書があれば書けるので当たり前だが),現実の実装については非常に偏っているために,保守的な実装(実行系・処理系のバージョン,規格の前方・後方互換性,将来的な拡張や保守に対してロバストな実装)について言及がほとんどあるいは全くない。
  • (商用・非商用問わず)プログラムモジュールあるいはライブラリを構成する際の知識,もっと広く言うならソフトウェア構成管理に関する実装上の知識やノウハウ,またそれに基づく実装上の配慮が皆無。

これまでも,言語仕様の間隙を突くようなところで,階乗やフィボナッチ数列の計算といった無益なコードを披露して悦に入っている書籍はたくさんありました。しかし,あたしゃそれは,読者への簡単のために書いているものだと善意に解釈していました。

けれど,やっと確信しました。この人たちは,実用的なプログラムを何一つ書いたことがない。または,自分が書いたプログラムを数年に渡って保守した経験がない(書き捨てのプログラムしか書いていない)。さらに,大規模開発の場合は特に,チームでソフトウェアを開発した経験がない。経験がないから,問題意識もまったくアサッテの方向にあるし,書中の表現にも現れる。おそらく他書を読んでも重要な箇所を読み飛ばしているのだと思う。

こういう人が書いた書籍が,現実のソフトウェア開発に携わる人が読む著書として適当だといえるのだろうか。あたしは,そうは思いません。

もっとも,あたしゃこういう書籍がなくなればいいとは思いません。あるならあるで構わない。マイナーな領域で頑張っていて欲しいと思う。しかし,あまりでしゃばるなとは言いたい。めんどくさいのが増えるから。

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