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東洋経済のスキルアップ教の話とか教養とか

2011年12月05日

普段全く読まない東洋経済なんですけれど,東浩紀さんのインタビューがあったのでちょっとつらつら。けど,なんかゲンナリ的な。

週刊 東洋経済 2011年 11/26号 [雑誌]

東洋経済新報社 (2011-11-21)

ま,要するに言ってることは,「スキルアップがこれまで叫ばれていたけれど,時事の情勢は刻々変わるからついていけないことが分かりました。これからはリベラルアーツ(教養)の時代ですよ。」的な話です。どうも,スキルアップに言うスキルってのは「専門能力」のような位置付けで,それに対置する形で教養を取り上げてる感じ。で,教養を身につけるにはこの本を読め,みたいなみたいな。ジョブズも似たようなことを言っていたから,またお熱を上げる人が増えるのかもしれない。

ただ思うんですけれど,専門と教養ってのは,対置するもんじゃなくて相互補完的なもんだと思うんですね。で,個人的にスキルアップとゆのは,教養なり素養なりを身に付けることも含まれているのだと思う。喩えて言うなら,家を建てるときの基礎に当たるのが教養で,その上に建つ建物が専門性といったところ。手間はかかっても基礎を広くしっかり作れば,その上に建つ専門性も大きく高いものを建てられる。反対に,ショボい基礎の上に建つ専門性は建ってもショボいもんにしかならない。それこそ,簡単に時流に流されてしまうような専門性に過ぎなかったりする,と思うんです。

例えば,法律の場合,条文の解釈とか判例とかについて勉強するわけですけれど,その専門性は,法制そのものを支えている哲学とか歴史とか社会学とかを抜きにして語ることはできなかったりします。経済も単なる原理ではなく,宗教や文化的背景が絡んでいる。工学だって,あたしゃソフトしか知らないけれども,直截的には科学哲学が大きく関係しているし,科学哲学の問題意識はそもそも歴史や文化や宗教なんかに根ざしているところがある。

で,この手の話で最も愚問だと思うのが,例えば「どの本を読めば教養が身に付きますか?」とか「マネジメントに哲学は必要ですか?」とかいったモノ。教養は目的意識を持って身に付けるものではなく,「日頃の行い」で身に付くわけで,そゆファストフード的な根性からしてもうダメなんじゃないか,とか。あらゆることに対して普段から観察や洞察を欠かさず,好奇心を持って事に当たっていれば,人並みの教養は身に付くと思う。地味ながらも手間ひまかければ,いつの間にか深い教養が身に付いている。逆に,どこかのアンチョコで身に付けることはできないと思ったほうがいい。

教養を身につけている(とされる)人は,そゆ作業を小中学生の頃から,しかも自分から楽しんでやってるので,今から追いつけ追い越せといっても土台無理な話なんじゃないかと思う。それでもなんぼかマシになるには,やはりなんでもいいから活字の本を読むことだと思う。

人のことを言えた身分でもないけれど,とりあえず,ここ数ヶ月本屋や図書館に行っていない向きは,そこに通ってみることから始めたらどうだろう。少しは本屋や図書館に行くことがあるという向きは,自分がまったく見向きもしなかった書架に足を運んでみたらどうだろう。人の勧めも大事だけれども,教養に関する限り,「○○をすれば●●ができる」のような線形の関係にはないので,目的を持たず毛嫌いせずに読んでみるのがいいと思う。

そういえば,あたしが住んでる家の近くにある本屋は,医療/看護系の書籍がとても充実しています。隅っこにある専門書のコーナーだったので最近まで気が付かなかったんですけれど。これまで,あまりなじみのなかった領域だったけれども,立ち読みしてると面白い。直接的には医療画像の診断本(レントゲンや CT の見方とかの本)なんかは,専門領域(画像解析)とかぶるところがあるけれど,他の話も面白い。読んでればいつか役に立つだろうか。面白いから役に立たなくてもいいんだけど。

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