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プログラミングに金はかかるか

2011年12月11日

某所で,プログラミングするのにお金はかからないと言っておきながら,書籍を買わなきゃいけないのは SG(Social Games)の手口と変わらん的な話があって,なんなんだろこれ?的な……。

率直な話,プログラミングするのにお金がかかるかといったら,そりゃかかる。パソコンやらネット環境やらといった基本的な環境を除いてもかかる。問題は,どこにかけるか,あるいはどこにかけなきゃいけないのかということなんでねいだろうか。

もう少し詳しく書くと,最近はフリーの処理系が増えたので,プログラミング環境を整える費用が要らなくなったとゆことだったりする。昔は Borland の C コンパイラに10万とかかけてたけれども,そんな必要はなくなった(N88-BASIC や HyperCard のようなフリーの処理系(?)もあったが)。その意味で,今は費用はかからない。例えばハードウェア開発にまともに取り組もうとしたら,工作道具や材料の他にオシロやロジアナをそろえるだけで,軽く10万程度は出ていってしまう。それと比べたら敷居は圧倒的に低いのだと思います。

一方で,プログラミングに使うお金はどこに流れるかというと,これはプログラミングで「実際に頭を使う部分」に回されている。理屈から言えば,処理系があればモノは作れるんだけれども,頭が悪くて環境を用意されても作れないあたしのような子は,それらに頼らなくちゃいけなくなる。頭を使う部分に払う費用は,頭がつかえれば不要な費用なので,頭が悪い人ほど多くの費用を払うことになる。と,ただそれだけの話なんだと思う。

また,もっと言ってしまうと,プログラミング言語の書籍そのものにかける費用は,実際の開発においては大した費用じゃなかったりする。例えば,Jpeg のエンコーダ/デコーダを作ろうと思ったら,離散コサイン変換(DCT)やウェーブレット変換のことを知ってなくちゃいけない。原子炉の制御プログラムを書く人を採ろうとしてるトコが,「プログラミング言語を知ってるだけです!原子炉のことは何も知りません!」とかいってる人を採用するのは,かなりチャレンジングな話だったりする。当たり前の話だけれども,開発にかかるお金は,主にこゆとこにかけられるようになる。

なんというか,ガッコウやら素人さんの中にいれば「プログラミングできる」的なスキルは,ある種突出したスキルなわけだけれども,それで生活している人(プロとかアマとか)にとってみたら,「できて当たり前」の話なんですね。誰かが言ってたけれども,「掛け算の九九みたいなもん」だったりする。

弁護士が弁護士仲間の間で「法律よく知ってるんです!」とか言うことはない。料理人が「三枚おろしできるんです!」とか言っても,誰も驚かない。それと同様に,プログラマもプログラミングそのものについての専門知識はあって当然とみなされている。問題は,それで「どのような問題を解決することができるか」だと思うわけです。

結局,プログラミング(ひいては開発全般)にかかる費用は非常に低くなったけれども,開発にかかる費用は依然として残っている,と。

反面,処理系にかかる費用が低くなったということは,一部の金持ちやオトナでなくても開発に参入できるようになったことを示しています。つまり,頭さえよければ,小学生でも中学生でも世界をあっと言わせるようなソフトウェアを開発できる環境が整っているということです。この参入障壁の低さについて,少しは自覚的になってもいいんじゃないかと思う。競争はますます激しくなっている。

大体,プログラミングの書籍を勧められて無批判に「読まなきゃいけないもの」と認識してしまっている時点で,もうダメなんじゃないだろうかとも思う。まあ,他人のことだからどうでもいいんだけれど。

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