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この国の政治の病理は「決まらないこと」ではなく語彙の乏しさとゆ話

2012年03月05日

この国の政治を見てきてつくづく思うのだけれども,その病理は,橋本氏みたいなのが出てきたときに,「独裁者」や「救済者」といった言葉しか当てられない語彙の貧弱さに尽きるのだと思う。

実のところ,橋本氏が主張していることには何も目新しいことはなくて,従来から言われてきた主流の反対側にある極だったりする。あたしゃ,彼が企業と公的サービスを同視して「学校を競争させよう!」とかいった(古典的な)話を真顔でしてるのには,バカじゃねぇの?とは思うものの,他はそれなりに彼の政策を評価しています。しかし,そうした政策論に入る前に,この国には語彙が足りない。

政治を印象論でしか語れない,語彙の乏しさ。

語彙が乏しいと,彼らが提示する二項対立を前にして,簡単に思考停止に陥ってしまう。学者を選ぶのか?俺たちを選ぶのか?といった二項対立を前にして,あっさりと思考停止する。出自から言えば,島田紳助に拾われた関西の一地方弁護士よりも,学者の方がよっぽど「世に出ていること」への裏書がはっきりしているわけだけれども,そゆところはバッサリと捨象される。あまつさえ,「学者は税金泥棒」のようなレッテルを貼りさえする。

こうした手法は,ヒトラーなんて古い例を引き合いに出すまでもなく,いくらでも経験したじゃないか。1995年の最悪なあの時も,2001年のバカ騒ぎも,2005年のドンチャンぶりも,全部そうだったじゃないか。そして今どうなってる?と思う。こうしてみると,この国は約5年おきにバカになるようにも思える。

さっきまでTVタックルを見てたんだけれども,横浜博を大失敗に終わらせて,なんの落とし前もつけずにトンズラこいた中田前市長が吼えていた。実績からしてどうなんだこいつ?と思う人も,やはりテレビでは映える。あー……また松下政経塾が吼えてるよ……とか思ったところで,こうした言葉自体がすでに実質論を失って,印象論のまま宙に浮いている。

どうにもならんな,こりゃ。

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