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子どもが産まれてますますおっさん化が進行するの巻

2012年04月02日

先日,我が家に子どもが産まれました。女の子です。かわいいです。これはかわいい部類に入るのだと思います(←親バカ)。寝てるときやくつろいでるときに,「くぅー」とか「あっ」とかいうと(クーイングというらしい),もうドロドロドロドロドロドロ……と,溶けてしまいそうになります。泣いてもかわいいです。赤ちゃん恐るべしです。

で,ま,子どもが産まれてからの話なんだけれども,なんつかますます考え方がおっさん的になってる気がしています。尾崎豊が生きていたら(彼もあたし以上のおっさんになってるはずだが),きっとあたしゃ「オトナ」のカテゴリにクラス分けされて,歌とも悪口とも取れるメロディーを食らうことになるのだと思う。でもま,それはそれでいいと思う。

一番思うのは,とにかく涙もろくなったこと。

今も放映されている WOWOW の CM で,チビスケの兄弟が自家製の映画館を作って親を招待するものがあるんだけれども,それを見ただけで泣けてきてしまった。少なくともあたしは,見返りを求めて子どもを世話しているわけではないから,ちょっとした見返り的なものがあるだけで,いたく泣けてくるのだと思う。自分が子どもだった頃,ちょっと親孝行的なことをするだけで喜んでくれたのは,こういうことだったのかと今思う。年食ったおっさんが,「たまには親孝行しろよ」と言っていた本当のところが分かった気もする。彼はそれがどれほどの威力を持っているか,知っていたのだと思う。

一方で,子どもの未来のために,国やら世界やらを良くしよう云々,とかいった話には,あまり共感しない。

たしかに子どもには,生まれてきた以上,充実した生を過ごしてもらいたいとは思う。しかし,そのことと,今現在における政治的なプロパガンダは別物だろう。30年以上前の自分の親が,現在の技術環境や就労環境,結婚事情や年金事情や自然環境を予測できただろうか。仮にできたとして,その対策を講じることができただろうか。その対策に対して,責任を取れる人は当時いただろうか。

未来の子どものために親ができることは限られている。子どもには,他人に迷惑かけないようにすることと,不遇があるならそれに耐えて,別のポジティブなエネルギーに転化する術を教えるだけで,精一杯なんじゃないだろうかと思う。それだけできるだけでも,人は充実した生を過ごしていくことができると思うし,親としても何か親的なものを全うしたことになるんじゃないかと思う。多くは望まないし,望まれても困る。あたしにはそれくらいしかないから。そしてそれは,主におっさん的な説教になるのだと思う。

反対に,子どもに託けて,無責任なバラ色のプロパガンダを振りまく連中には,ふぅーしぃーんーかぁーんー。

そうしてみると,おっさんになるのも悪くないと思う。嫌がられてなんぼというかね。ま,そんだけ。

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[2012年04月08日 16:10] これなら失敗しない! 子どもの撮影超入門 (学研カメラムック) | from これどうですか
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