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ソフトウェア開発者と外部の刺激について

2012年06月23日

ここ数ヶ月は展示会の準備や当日の説明でいろいろと忙しかったんだけれども,なんつか,普段の開発とバランスを取る上で,こゆ機会は活用した方がいいのだと思う。

プロであれアマであれ,少なくとも「使う人」がいることを前提としたソフトウェアを開発する限り(このようにわざわざ注記しなくちゃいけないのもアレなんだが),バランスしなくてはいけない方向性があります。それは,技術的に卓越する方向性と,ユーザをはじめとした外部の需要に応える方向性です。この点,前者はひとりで進むこともできるけれど,後者は他者がいないと伸ばすことができない要素です。

どういうわけだか,ソフトウェア技術者には多いと思うんだけれども,この界隈では技術をユーザに押し売りする傾向が強いと思っています。ぶっちゃけた話,普通のお客さんは技術を選んで使っているのではなく,技術によってもたらされる機能を使っている。つまり,ある機能を実現するために,すごいアルゴリズムやすごい開発言語で実装されていたとしても,ユーザはそのアルゴリズムやその開発言語で実装されていることを選んでいるわけではないとゆこと。こんなもん,ちょっと考えれば分かることなんだけれども。

例えば,自動車の業界では燃費の向上に向けて,日々ものすごい技術革新があるわけだけれども,普通のユーザは「あー,燃費良いね。これ買おうかな。」くらいしか思わない。「2気筒の HV エンジンだって!すごい技術。これ買おう!」とゆ人はあまりいない。建築業にしても,免震技術の内容よりもその実績や機能(耐性)が問題になるし,医療機器も,そもそも医療に役立つ機能が提供できていなければ,ただのゴミと同じです。技術というのは,あくまでも目的に対する手段(機能)を裏付ける要素として存在している。でしゃばってはいけない。

以前,このサイトで,ある機能が C で書かれてようと C++0x(当時)で書かれてようと,ユーザにとってはどうでもいいことだ,と書いたところ,とても感情的でよく分からない反論があったんだけれども,そゆのは一度展示会等々でそのことを話してみればいい。遊びではなく,貴重な時間とお金(実費だけでなく予算も含む)を掛けて来場しているお客さんは本当にシビアです。いらないものはちゃんといらないと言うし,業務に使えないもんを見せたりしたらため息をつかれる。ひどい開発者はそゆユーザに対して「あのバカ」とか言ったりするわけなんだけれども,どう呼んだところで「使えないプログラム」とゆ評価が変わるもんじゃない。

ソフトウェア開発者は,ともすると技術的な卓越に偏って技術そのものを自己目的化してしまうところがある。定期的に外部の刺激を受けてバランスをとる必要があると思うんだけれども,なぜ他の業界にできて(それもあまり分かってはいないが),ソフトでできないのか不思議だったりもする。どうしてなんだろ。

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