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おっさんの読書感想文2012夏 - 『檸檬』

2012年08月07日

『檸檬』(梶井基次郎,青空文庫)は,若い頃から何度も読んでいるのだけれども,個人的にはあまり好きな作品ではありません。というのも,毎度のことながらこの作品には,青春の変な匂いを感じてしまうから。自分の見たくない「こっぱずかしい部分」を見せられている感じがする。梶井の作品は,総じて読者のプライバシーにずかずかと入り込むところがあって,よほどのきっかけでもない限りあまり読む気にはなりません。しかし反面,若い頃から何度となく読んでいるこの作品は,何度も読まずにはいられない魅力があるのも確かだったりします。

檸檬 (新潮文庫)
檸檬 (新潮文庫)
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梶井 基次郎
新潮社
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以下,ネタばれ注意。

『檸檬』はあまりにも人口に膾炙しているので,論評もそれなりにあるのだけれども,個人的に的確と言えるものはあまりありません。梶井の作品は,ある意味で感性で読むところがあるので,分からない人はずっと分からないし,精読して論理的に分析しても,出てくるものはあまりないのだと思う。

例えば,この作品を借金があることや体が弱いことからの現実逃避やニヒル,あるいはキッチュと解釈するもの。檸檬を爆弾に見立てる突拍子もないアイデアを前衛的とするもの。こうした解釈はそれで説明として完結するし,そう解釈する人も割と多いと思うのだけれども,個人的にはそうでもない。問題は「檸檬爆弾を仕掛けること」ではなく,これを仕掛けるに至る動機ないしきっかけなわけで,それを現実逃避やニヒルの一言で済ませてしまうのは,あまりにも浅いと思うからです。

思春期を迎えて少し経つと,大抵一回くらい,一切の価値が転向/転覆することがある。感性の鋭い人には,数度,これまで至上の価値だと思っていた一切が,ガラガラと無価値なものになることがある。例えば,技巧を凝らした観念的な作品を読んだり観たり,あるいは演奏したり描いたりするのが好きだと思っていたら,突然そこに価値を見い出せなくなり,簡素で質素な情景の中に美しさを見るようになったりする。美しさの一切を説明できると思っていた語彙や,それが依って立つ基盤が,一瞬のうちになくなることがある。あたしは,『檸檬』にこの喪失感を見ます。今風に言うなら,中二病から我に返るときの喪失感みたいなもの……と言えば,その一例になるのだと思う。

丸善にある学生的なものや,きらびやかなもの。いけてる学生さんが持っているいけてる万年筆。文化人が身につけているかっこいい香水や煙草。そうした,中二病的に「素晴らしいもの」が,突然無価値なものになる。せせこましい世界に見えてしまう。ともすると,嫌悪の対象にまでなってしまう。

喪失感なるものは,モノがないことに対する感覚ではなく,モノがあったことと,あったことで充実していた思い出に向けた望郷のようなものなのだと思う。その時は丸善で充足されていたあるモノが,もうそれでは満たされない。何の価値も感じられない。それは,テロルのように,突然降りかかってきます。本作冒頭の「私」は,かつて充実していた記憶をとどめながら,新たな価値を求めて彷徨っている。と,あたしはそう読んでいます。

そこで,丸善の檸檬爆弾について考える。

丸善の陳列は,「私」がかつて心を躍らせた価値に基づいて,きれいに整列され,文化的な様相を見せています。作中の「私」にも,その記憶があり,ひとつの喪失感(寂しさ)として映っている。ここで「私」は,かつての価値から新たな価値に移行するに当たって,何をすべきなのか。ひとつの方法として,店内を滅茶苦茶に荒らしてしまうとか,文字通り爆弾を仕掛けて「なかったこと」にしてしまうとかいった解消法もあるはずです。

しかしこの点で,「私」が取った行動は,丸善の陳列を一部変容/変形して,檸檬が作り出す新たな秩序のもとに丸善を置くことでした。それは,丸善の価値を内部から変容させるテロルであり,かつての価値を「乗り越えて解消する」ための手段なのだと思う。本当に丸善を爆破して無くしてしまったら,丸善は中二病的な「文化」の象徴として「私」の記憶に焼きついたまま固定されてしまう。教祖が死んだら,その宗教が元気づくのと同じ理屈で,丸善は永久に乗り越えられない象徴。我々にできることのひとつは,同じ対象に対して異なる意味を付与することだったりする。

翻って個人的な話をすると,最近はなんつか,かつて熱中していたものにとんと無気力になっている気がする。プログラミングやハードウェアのハッキングは相変わらず楽しいけれども,なんつかそれを取り巻く文化やそれに染まっている人に飽き飽きしている。赤いもんを見ると「3倍なんですね」とか,もういいよ,つかそゆクネクネもう飽きたよ,とかとか。せめて他人に迷惑はかけないようにしようとか思ってはいるのだけれども,つまらんもんはつまらんのよ,実際。手ごろな檸檬はないだろうか。

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