Entry

思春期プログラミングの憂鬱

2014年02月17日

しばらくTwitterでつらつらと書いていたのだけれども,少しまとまったことを書きたかったのでこちらに。

巷でその手の文章を読んでいると,たまに次のような話を目にすることがあります。

大人になると,様々なことに価値的な序列がつけられるようになり,勝ち組になったり負け組になったりする。それに比べて,子供はこれらの価値から自由でいられる。子供ばんざい。子供ばんざい。

あたしゃもうオッサンになって,いわゆるオトナの世界にいるわけですけれど,たしかに,勝ち組とか負け組とか,どっちが優れてるとか,あいつは劣ってるとかいった,ある種の「差」が話題になることがあります。その内容は,仕事の出来不出来であるとか,就いてる職業であるとか,学歴であるとか,年収であるとか,家族構成とか,家はどうしてる,貯金は,趣味は,交友関係は……と,際限がありません。

一方で,それなら子供の世界はそうした価値的な序列から自由かというと,そゆわけでもないと思うんですね。とゆか,むしろ,子供の方がそうした価値的な序列について敏感に見える。あたしゃTwitterで,時々学生さんのツイートを読ませてもらうことがあるんですけれど,序列化の問題は,大人よりもむしろ子供に多い気がしています。特に思春期。

他者との関係を,序列的な問題として捉えるには,ひとつの技術が要ります。それは,人をしてある種の定量的な概念として「写し取る」技術です。

例えば年収。ある人を見て「300万円の人」とか「2000万円の人」とかいった具合に写し取るわけです。写し取ったら,自動的に比較の問題が出てきます。あらかじめ定量的な概念に写し取っているので,比較自体は簡単です。比較に複雑な技術は要りません。一般的には,300万円のAさんよりも,2000万円のBさんの方が,優れていて,立派で,勝ち組だ,という評価になるのでしょう。

一見簡単に見えます。しかし,この技術は,あたしが見るところ非常に複雑です。どのようなメカニズムが働いているのか,まだあたしには分かりません。

例えば「子供がいるか」といった指標は,数値を伴うような定量的な事実ではなく,大きいまたは優れていると判断することができません。しかし,こうした要素についても定量的な判断を可能にするメカニズムが働いているようで,序列化が進みます。

また,何が写し取られる要素になるのかもよく分かりません。例えば「勤め先」について考えてみると,一般的には勤め先の資本規模で写し取られて序列化されます。その企業の平均残業時間とか自殺者数とかいった数字も定量的に判断できますが,こうした要素は通常判断に組み入れられません。どうしてなんでしょう。

と,前置きが長くなってしまいました。思春期プログラミングです。

ツイートを見ていて,とても不思議に思っているのが,主に使っているプログラミング言語でもって序列化が進んでいることです。オッサンからすると,非常に奇妙に見える。

例えば,C言語。某所によると,原始的で使っていると恥ずかしい類の開発言語なんだとか。世の中のOSSプロジェクトは,ほとんどC言語で書かれているわけだけれども,恥ずかしいらしい。したがって,序列的にも下の方に位置づけれられるのでしょう(多分)。

Javaもどちらかというと下の方。イケてるのはHaskellとかOCamlとかいったところ……らしい。C++は,人によってはスゴイハカー的な人が使う言語,のような位置づけのようです。何がどう序列に影響しているのか,オッサンにはさっぱり分からない。しかし,何かしらの「写し取る技術」を通した結果,そのような序列が作られるようです。

「プログラミング言語を定量化する」という,いかにも無理ゲーな技術を通した後でも,やることはあります。それは,自分自身がプログラミング言語として写し取られる作業です。いわゆる「キャラ付け」の一種なのかもしれません。C++erとかPHPerのように,自分が何者であるのか,プログラミング言語を通じて主張する。この作業を通して,価値序列の中に自身を組み入れることができるようになります。

オッサンの価値観としては,「どんな言語を使っているか」なんてのは正直言ってどうでもいい。それよりも,「何を作ったか」という実績の方が大切なのだと思います。すごいものを作ればすごい人だし,しょーもないもんを作ってたら,どんなに偉そうなことを言っていてもしょーもない人になる。結果が目に見えるので,分かりやすい。

そもそも,あたしが思春期くらいの頃は,そもそも周りにパソコンを持っている人がほとんどいませんでした。「ファミコンがあるのに,パソコンでゲームを作ってる変なやつ」という位置づけでした。そこでも何かしらの価値序列がついていたんでしょうけれど(下の方だったのでしょう),パソコンが普及した現在となっては,パソコンを持っているだけでは,序列をつけにくくなっているようです。結果として,開発言語で序列化を図るという,無理なところにハマっている感じもしなくもありません。オッサンとしては。

少しまじめな話をすると,こうした序列化に基づいて他者との関係性を規定することは難しく,歳を重ねるにつれてキツくなってきます。早めに序列的な体系や優劣関係を通じて他者を理解する思考回路から抜け出さないと,精神的にいろいろと辛くなる。

そのためには,少なくともプログラマとしての話に関する限り,「実際にモノを作る」のが大切なのだと思います。キャラ付けしあってクネクネとローカルな価値序列に閉じこもっているよりは,そちらの方がずっと健全だと思うんですけれど,まぁ……思春期は難しいので,ね。

Trackback
Trackback URL:
Ads
About
Search This Site
Ads
Categories
Recent Entries
Log Archive
Syndicate This Site
Info.
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
Movable Type 3.36
Valid XHTML 1.1!
Valid CSS!
ブログタイムズ

© 2003-2012 AIAN